2018-01-09(Tue)

眠れぬ夜に考える『ホモ・オプティマス』と『人間不平等起源論』

2016年にイアン・ピアソン博士により提唱された、ホモ・オプティマスなる概念を皆様はご存知でしょうか。
ブログでも何度かAIや、仮想現実について書いているわけですが、その根底にある概念みたいなイメージと捉えてください。
要は脳をデジタルな情報として保存し、死後もデジタル的には生きている状態です。
2050年頃には実現され、更に2070年には安価な技術になり一般的になるだろうと予測されています。現在40歳以下ならばこの技術により死後も生きていける?かもしれません。
さらに、トランスヒューマニズム(人間とロボットの融合、機械の体を手に入れる、まるでアニメのような世界)の進化により、所謂永遠の命を手に入れる事が結構本気で目の前に来てるらしいのです。
トランスヒューマニズムはすでに世界規模で協会なども設立されており、現在でも数百万人の支持者が存在しており徐々に一般的な概念になっていくでしょうし、所々の事情により四肢の不自由な方々にとってはそれらの技術の発展は素晴らしいものだと思います。
しかし人が機械の擬似生命を作り出したりコントロールするのが当たり前の世界になれば例えば神という概念はどうなるんでしょうか?
私は無神論者ではありません、しかし特別神を信仰しているわけではないのですが『人は魂を持っていて初めて生きていると言える』という命題を支持しています。
魂がなんなのか?はわかりませんが肉体と精神の関係性について考えるとき、魂という概念があるのが自然に思えるからです。
それを前提に考えたときにデジタルな世界に魂が存在しうるのか?と考えると違和感を感じてしまうのだと思います。
技術(文明)の進化に対して、ルソー先生みたいに『自然に帰れ』と世界の流れを揶揄しても仕方がない事ではありますが、この流れが新たな『人間不平等起源論』を生むであろう事は想像に難くありません。
私は今は43歳ですので間に合うのか?長生きすればギリギリ間に合うのかもしれませんね。
個人的には永遠の命など面倒であると私は思っているので、実際それが当たり前の世界になれば怖いなという気がしてなりません。
『人は必ず死ぬものである』
と、私が本当の意味で理解したのは21歳の時の事ですが、その時から今も頑張り続けていられるのは終わりがあると知っていればこそなのです。
始まりがあり、終わりがあるのが私には美しく正しい形に思えます。
永遠の命の代償にかけがえのない大切なものを人類は失うかもしれませんね。
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2017-12-08(Fri)

深夜、閃きがおりてきた 3Sとは型を作る事だと私は思う。

今日は深夜に久々に閃きがおりてきた話を書きますよ。
深夜、というか、明け方?
先日3時くらいに目が覚め、私は急に閃きました。
寝ていて、夢の中でアイデアが浮かぶ瞬間ありますね。
あれです。
とにかく、ハッとして目覚め。
何を思ったかというと。
3Sとは型の一種である。
型を(ルール化)作るという事は中小企業でもお金をかけずに出来るブランディングである。
つまり、3Sとはブランディングの一種である。
という、理論です。
何を当たり前のことを書いてるんだ?と思われたかたもいるかと思いますが、3Sや5Sは改善の基礎活動だ。
と単純に考えるとそれ以上でも、それ以下でもないのですが、型を作るというのは、私にとって情報運用の師匠でもある榎田先生の、型=ブランディングというものについて理論展開をされている事を兼ねてより私は最もだ、素晴らしいと納得していたのですが、深夜目覚めた瞬間に、あれ?3Sもつまり型だよな?と回路みたいなものが、急につながってしまった!
と、言うのが正しい。
いま、私が書いている事は理解できない人には、全く理解不能な話かもしれません。
例えるならば、茶道みたいなものだと思ってくださると良いと思います。
茶道や華道は、流派が存在し、お茶を入れる所作、服装、道具など、様々な型によって構成されています。
実際、お茶を飲むという事実だけを考えたら、作法などどうでもよく、とにかく、お抹茶と適当なお椀やらがあれば事たります。
だけど重要なのはお茶を飲むという事より、型にそって一連の所作を行う事ではないかと思います。
そこには流派毎の理念みたいなものが凝縮されており、ブランド化されたものと言えます。
3Sや5S自体はただ単に改善と言ってしまえばそれまでですが、それなりの年月の中でブラッシュアップされて出来上がった効率的な職場を作り上げる為の型だ、と考えられるのです。
実際、それを磨きあげていち文化にまで昇華させたのはトヨタです。
トヨタが何故トヨタなのか?といえば、考え方そのものがトヨタを形作り信頼されるブランドへと押し上げたと言えます。
実際、トヨタで生まれた5Sの文化は、日本発の文化として、日本に留まらず世界へも飛び出して行きました。
一企業が作り上げた企業文化が世界に認められるまで成長したわけです。
仕事をするにあたり、5Sは別にやっても、やらなくても大差ない気がしがちです。
別に会社の整理、整頓ができていなくても、めちゃくちゃ汚い職場だろうと、物は作ろうと思えば作れます。
ただ作るだけなら設備と、作業する人、材料さえあれば、なんとかなるとも言えます。
しかし、そこには理念もなければ、高尚な文化もないわけです。
私はそれはとても寂しく感じます。
型と言うのは時に窮屈です。
しかし、磨きあげられた型にはやはり素晴らしい理念、文化が詰まっています。
だから、中小企業こそ、武器として3Sや5S活動を自社のブランディングの一環として取り入れるべき。
と、いうか、こんなに簡単にブランディング出来るのにしないのは勿体無いと私は感じるのです。
どんなふうに仕事と向き合っていくのかはもちろん自由です。
しかし、真のイノベーションは、基本を忠実に再現したあと、基礎概念を打ち破ることであるとすれば、基本を理解しないものに基礎概念を打ち破る事は出来ないと言えます。
創造と破壊は常に表裏一体。
型があって初めて、型の外側がわかるのだと思います。
2017-11-23(Thu)

突破力&優秀なクローザーへの近道は新喜劇かもしれない?

今日は突破力について書きたいとおもいます。
こないだの経営研究集会ではなかなか面白い出会いがたくさんありました。
そこで、語れなかったけど、絶対大事だよ!
って話を補足したいとおもいます。
最近営業マンだった頃の話をする機会があったりして、改めて私が営業マンだった頃、私自身のいわゆる自己分析があまり出来てなかったような気がしているのです。
今でこそ思う。
みたいな感じなのですが、、、、
私の最大の強みは製造業界で若い女性の管理職クラスの営業マンが極端に少ないので目立つ。
みたいな所だと勘違いしていた節があります。
しかし、東北にきだすと、最近も言われたのですが
グイグイくるよね!
さすが大阪人!
みたいに言われたりする事がちょくちょくあるわけです。
そういえば、東京にでて初めてコンサルのお客さんになってくれたIさんから言われた言葉が蘇ってきました。
川端さんの凄いところは、嫌味なくするっとグイグイくる所だよね
冷静に振り返れば、この言葉はものすごく的を得た発言だった気がしてます。
よく言い換えれば、突破力。
悪く言えば、図々しい。(@_@)
グイグイ行くには実はタイミングが命だと私は思うんですよ。
①軽く押して反応見る
⬇︎
②ちょっと引く
⬇︎
③相手がアレ?って思う
⬇︎
④反り返った反動と共に少し強めにグイグイする
⬇︎
⑤突破!
みたいな。
さじ加減を間違うと嫌味な感じになるわけです。
この①~⑤をまるで風に揺れる柳の如くしなければなりません。
このゆるゆるとしたさじ加減いきなりは育ちません。
大阪人みたいに、幼き頃から培われた、ボケとツッコミ英才教育は偉大です。
ちゃんとボケて、定番のボケにはタイミングよくツッコミを入れるのが一つのコミュニケーションスキルであり、そこが下手だと関西では、所謂、『面白ない、しょうもないヤツ』になってしまい、ビジネスの世界においても相手にして貰えないこともざらにあります。
また、オチがない話をすると、怒られます。
オチがらない場合はせめて最後に
『オチは無いんやけどな』くらいは言わねばなりません。
ちなみにそれに対する返しは
『なんでやねん、オチないんかーいっ』ビシッ(右手でツッコミ)としなあきまへん。
そして、笑いが起きるのが美しい終わり方なのです。
関西人以外からみたら理解不能な文化です。
あなたが関西人では無い場合、笑いが取れないとなれば、せめて感動をさせる含蓄のある話をする必要があります。
所謂『ええ話やな~』(涙)ですね。
ただこれは尊敬されたり、一目おいては貰えますが笑いを取るより難しいよね!(@_@)って私はおもいます。
強者になると両方を混ぜ込んできます。
そんなスピーチスキルが私も欲しいw!
まあ、それは努力あるのみ、ではありますが、幼き頃から鍛えられた間合いを取るスキルは営業マンになると開花し、めちゃくちゃ有利なスキルになったのです。
私は大阪人ランクでいうと、笑いを取るスキルはあまり高く無いですが、間合いを詰めるのだけは実は得意なんですね。
いけると思ったらグイグイ行くにはタイミング(間合い)をはかる必要があります。
つまり駆け引き。
野球に置き換えるとクローザー的な仕事。
これは営業マンになくてはならないスキルです。
これが出来ないと最終的に仕事が取れません。
だらだらするのが嫌、ピシッと丸く収めたい。
多少の理不尽は割り切って考える事が出来る。
そういう人はクローザーに向いてます。
そして最近気がつきましたが
会議での話がやたら長い、オチがない。
割り切って考えるのがニガテ。
みたいな人はクローザーには向いていません。
私生活で言えば、やたら正義感が強く融通がきかない。責任をとりたがらない、優柔不断、みたいな人ですね。
あと、個人的にだらだら梯子酒や深酒するようなタイプの人も私はニガテです。
決まった時間にちゃんと終わらない宴会などに行くと心底辟易してしまいます。
そういう人がクローザーとして、クロージングしようとするとグタグタになったり、相手を不快にさせます。
しかし世の中にはこのタイミングが悪く、相手を不快にさせまくるという人がいます。
そういう人はKYとか、間が悪いヤツとか言われることになります。
何が言いたいのかと言えば、間が悪い人とはビジネスをすべきじゃないという事です。
間が悪いとは面白くない以上に、実はまずい事なんですよ。
逆に言えば、タイミングの良さはけっして偶然や、ラッキーハプニングではないですよ。
全部行動が引きよせた結果である。
と私はおもいます。
2017-11-05(Sun)

魂ってどこにあるんだ

ネットをみていたら、非常に興味深い記事をみた。
AIに関する記事なんだけど、2045年くらいには人とAIが融合するのではないか?
それにより、我々の脳は劇的に賢くなるそうだ。
なんと10億倍。
なんだかもう書いていてもわけがわからない。
10億倍に頭が良くなるとか、想像したらなんだかもう気が狂いそう。
IQがどうこうの次元を超えてる。
それが標準化したら、いろんなものが、変わりすぎて馬鹿馬鹿しくなりそうで怖い。
多分、勉強の概念も変わるし、そもそもそうなったら多分戦争とか争いとかが無くなることを望むけれど、とにかく10億倍の思考に本体は耐えられるものなのだろうか?
行き着くところまで行った時、それはオリジナルの思考を残しているものなのかが気になる。
AIと融合し10億倍の知能を手に入れることは果たして人として幸せと言えるのか?
多少馬鹿な方が人生は幸せなんじゃないかと私は思うのだけど。
賢くなって何をするのか?
が問題であると思う。
まあ、私が生きているかはわからない。
と、言いたいところですが、さらに怖い記事を読んだ。
単細胞生物実験において、コールドスリープから目覚めたあと、記憶が破損されないことがわかったらしい。
現在世界でコールドスリープしている人が300人近くいるらしい。
コールドスリープを請け負う会社があり、価格は2500万。
いつか技術が進み、復活を夢見てコールドスリープしているわけだ。
コールドスリープから目覚めたら、記憶はそのままなのか?は疑問視されていたわけだが、ある意味その疑問に答えが出たという事になるらしい。
私が疑問に思うのが、じゃあ魂はどうなっているのか?というところだ。
最新の動向では脳を死後コールドスリープさせておいて、ロボットの体にAIに故人の脳をそのままダウンロードし、学習させるという技術開発が進められているらしい。
成功すれば、故人の記憶、趣味嗜好をそのままコピーしたアンドロイドが本当に生まれる。
それ自体は本物ではないにしても、AIは学習するので、思考も成長していくという事だから、そうなると仮に見た目が人間と変わらないアンドロイドであれば見分けはつかないし、年老いることが無い、まさに不老不死になると言える。
魂は生身の体にのみ宿るとすべきか、記憶に宿るものとすべきか?
そもそも、魂は存在するのだろうか?
いつか、生身の体に憧れるアンドロイドが本当生まれるのかもしれない。
普通の体をもつ人間が貴重になる世界が来るのだろうか?
死に急ぎたいわけではないけれど、終わりがない世の中は果たして幸せなのか私にはよくわからない。
2017-10-12(Thu)

助けて欲しいと言える事

最近、いろいろな所からの悩み相談が増えており、だんだん悩み相談室でも開業したほうが良いのではないだろうか?とか考えいる川端です。
家庭の悩み、会社での悩み、進路の悩み、転職に関する悩み、業務案件に対する悩みなど悩みの種類は様々ですが、なんやかんやで毎日メールなどが寄せられます。
中には電話や、直接お会いしてアドバイスする事もありますが、なんだかんだでビジネスに関してより、実はプライベートな悩み相談の方が多いのかもしれません。
一つずつ必ず回答はしていますが、片手間なのですぐに返事が出来ない場合もありますが、頑張って回答しています。
私は占い師ではありませんが、気分は銀座の母みたいな感じかもしれません(⌒-⌒; )
まあ、見た目はオカンやし。
悩みを聞いても、私が解決出来るわけではないので、アドバイスと言っても気休めなんですけども、それだけ悩みを抱えている人が世の中に沢山いるという事なんでしょうね。
出来るだけの事はしたいけれど、なかなか難しい事も多いですしね。
こないだ漫画『青の祓魔師』読んでたら、ライトニングのセリフで印象的なセリフがありました。
↓以下94話ネタバレ有りなので注意!


『助けて欲しいと思っている人間しか助けることは出来ない彼(雪男)は助けて欲しいと思ってない』
キーワードは『助けて欲しい』です。
鬱病になる人や、イジメで自殺してしまうタイプの人は、実はこの『助けて欲しい』を言い出せないタイプの人なんじゃないかと私は思います。
実際、この次の話で雪男は自殺します(未遂に終わりますが)
なんで其処まで思い詰めるくらいなら、誰かに相談したら良いのでは?と相談出来るタイプの人は思います。
しかし、この『相談』というのはある意味スキルであり、コミュニケーションの手段の一つとしてなかなかハードルが高い行為であると私は思いますし、何より、誰彼構わず相談出来るかと言えば出来ません。
少なくとも相手を信頼している必要があります。
相談して、助けてくれると思う人にしか相談しないものです。
だから、もし周りにいる人から真剣に相談に乗って欲しいと言われたら、それは勇気を出した結果であり、なおかつ信頼されているからこそですから、受ける側も真摯に答える必要があります。それがどんなに小さな悩みだとしても、真剣な気持ちには真剣に向き合わないといけないと思います。
さらに言えば感情的にならずにです。
これは本当に難しい事だと最近感じます。
普段からなるべく感情的にならないように努力していても、相手の感情が激しければついつい引きづられてしまいます。
ここは日々の鍛錬あるのみですね。
親しければ親しい程甘えが出で感情的になりがちですからね。
しかし、逆に悩みが深刻になればなるほど、親や親しすぎる人に相談出来ない場合も多いと思います。
赤の他人に話すほうがよっぽど気が楽な場合があります。
ネット掲示板、Yahoo!知恵袋とか2chなどにとんでもない馬鹿げた悩みから、作り話?(つり)と思うぐらい深刻な悩みが匿名で書き込まれているのが流行るのも頷ける話です。
みてると、信じられない常識外れな回答をしている人から、真剣に答えている人、批判している人など様々ですが、誰かにとにかく聞いて欲しい。という欲求が誰にでもあり、吐き出す事で気持ちが多少楽になるのは事実です。
しかし、的確なアドバイスが欲しいとなると、やはり信頼出来る専門家からアドバイスが欲しいと思うものです。
匿名はあくまでも匿名。
答える方も全体像が見えていませんし、なによりアドバイスも一般的なものになりがちです。
私が学校を卒業した当時、もちろんカウンセラーに憧れていましたが、当時就職先がありませんでしたし、日本国内において、カウンセラーに相談する事はかなりの精神疾患末期というイメージだったと思います。
今ほど気軽に専門医に行こうとは思えない状態でした。
今では、鬱病がある意味メジャーになり、メンタルヘルスが義務化されつつありますから、産業カウンセラーの方も周りに何人も知人もいますのである意味相談しやすくなっていますが、20年前では考えられない事です。
みなさんにお伝えしたいのは、一人で良いのでなんでも話せる人を持つことの重要性。
そして状況に応じて専門家のアドバイスを聞く事です。
昔に比べハードルがものすごく低くなっています。
一人で悩んでもロクな事になりません。
そんなワケで悩み相談自体は頑張って継続していきます。
プロフィール

usaginomirai

Author:usaginomirai
(株)IMDワークス&MDファクトリーHS(株)代表取締役 の川端です。中小企業の未来をサポートする、ものづくりの地域を越えた顔の見える連携をテーマに連携事業、教育事業をベースに活動中。

ニックネームは、日本全国神出鬼没なことから、ものづくりのくノ一

MDファクトリーHS(株)
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