2017-05-07(Sun)

コラム  白い箱と黒い箱はどちらが重いか?

GW最終日の夜
ちょっとした話を書きたいと思います。
タイトルは白い箱と黒い箱です。
小説ではなくてコラムですw
私が前々から気になっているものの中でカラー心理学という分野があります。
色というのは不思議なもので、心理学的な研究も進んでおり、気がついてないだけであらゆる場面で取り入れられています。
占い的な軽いものだけではなくて、工業や教育、福祉、医療などなどきりがないくらい生活に密接しています。
色について考えるとき、言葉には温度がある。という以前のブログ記事でも書きましたが、実際色で体感温度も違うし、黒が光を吸収、白が弾くみたいなことは、ある程度の年齢以上になれば周知の事実として認識もされています。
また、温度だけでなく体感の感覚でいえば、時間の長さなどにも影響を及ぼすそうです。
具体的にいうと、寒色(ブルーなど)の部屋と、暖色(赤)みたいな色の内装の部屋を比較すると、体感時間が違うそうなのです。
実験結果としてはブルーの部屋の方が時間を長く感じるそうで、すくなくとも1.5倍くらいの差があるというので驚きですね!
だから会議室は2つあるといいそうで、青い壁の会議室では、落ち着いてじっくりと話し合わないといけない理論的な話。
赤い壁の部屋では、業務連絡的な報告会議や、グループディスカッションなど。
部屋を使い分けるといいのだとか。
そして、タイトルに書きました、白い箱と黒い箱の話。
これが一番興味深かった。
温度、時間ときて、実は重量感覚が変化するらしいのです!
不思議な~∑(゚Д゚)
実験では、白い箱と黒い箱を運ぶという作業をして、それぞれが何キロぐらいだと感じたかを調査しているのですが、白い箱に比べて黒い箱は平均して、なんと1.8倍くらいの重さに感じたというのです。
もちろん、箱は同じ重量です。
人間の視覚と体感がいかに連動しているのかという不思議な話ですが、実際データとして出てきている以上、荷物を運ぶ際には白い箱に入れて運ぶのが断然お得だということになるではないですか?!
他にも面白い色の話はたくさんあるのですが、深層心理を表す色判断みたいなものだけではなく、生産効率などにもガッツリと関係してくる色の不思議。
知っているとめっちゃ得することもたくさんあったり、知らないと、とんでもないトラブルを巻き起こしたりもするのです。
余談ですが、片思いなど好きな人とデートするとき、口説かれたい時は断然ピンク、逆にそういうのを避けたい時は白と黒、グレーなどの服装がオススメだそうです。
また、女性は無意識にそういうのを色を身につける感覚に優れているそうですので、男性の皆さんは彼女が身につけている服装で気分を見抜くこともできるかもしれませんよw。
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2017-04-10(Mon)

1番幸せを感じるのは何歳?

4月6日から11日までは島根滞在中の私です。

本日は10日夜ですから、明日の最終で都内に戻ります。

流石に5泊6日は長い

いろんな関係で土日を挟んだためこんな具合になってます。

が、一人でもなかなか楽しく過ごしています。

昔から一人旅が苦にならないので日曜などは仕事は午前にTV会議で沖縄の方と打ち合わせした後は、松江城周辺で開催されていた『花祭り』を楽しみました。

日帰り湯にもいったし、島根滞在中に土曜は昼からはオフだったので鳥取県まで足を伸ばし、植田正治写真美術館にいったり(島根の横が鳥取県で、松江から鳥取の境皆とや米子あたりならすぐに行けます、車だと小一時間くらいかな)

明治昭和を代表する写真家の作品群はやはり素晴らしかった。

2年前には山形県の酒田にある、土門拳記念館にもいきましたが、植田正治と交友関係だったのもしれて、土門拳も素晴らしい写真家ですが、植田正治はまた違う良さがありますね。

私はカメラ云々はわかりませんし、興味はさほどありませんから、腕の良し悪しとかは正直判断基準はシンプルに、雰囲気と好きか嫌いかくらいではありますけど。

想いが伝わってくる写真は確かに存在するし、素晴らしいなぁと感じるのでした。


また日曜もてくてく歩いて、島根県立美術館に行きました( •̀∀•́ )✧

たまたま、昨日みた植田正治の師匠的な方、塩谷定好という写真家の企画展をやっていました。
こう、芋づる式にいろいろ繋がっていくのがまた面白いよね。

塩谷定好も植田正治と同じく鳥取県の写真家です。鳥取県だけじゃなく、明治あたりの日本の山陰の原風景や庶民の素朴な表情を切り取った作品はなかなかに味があり、昔のフィルムの特有の艶といいますか、質感が私はとても好きなんです。

素晴らしい写真家の昔のフィルム写真は驚くほど質感が感じられますよ。

白黒なのに不思議だよね。

大変有意義な週末を過ごせました。
たまには一人でそんな週末も良いもんです。

実際、なるべくオフな時間があれば、芸術に触れるようにしてます。

もしくは本を読んだり、社寺仏閣を詣でたり。

都心にいれば映画をみたり。

それ自体は若い頃からあまり変わらない行動パターン。

何故かと言えば、やはり見聞を広げるためであり、実際感じたいから。

だと思います。

見聞きしたものから感じる感覚や生まれるアイデアはお金に変えられない価値がありますからね。

大変幸せな事だと私は思います。


幸せと言えば、ハーバードでかれこれ80年近く『人を幸せにするものは何か?』と言う研究がされているのをご存知ですか?

卒業生の男性(300人弱)を対象に何年にもわたり追跡研究をしているそうです。

世界的にみても最長の部類に入るこの研究ですが、たくさんの素晴らしい気づきがもたらされています。

例えば幼少期の母親からうける愛情が大人になりどんな影響を与えていくのか?みたいなものです。

私は学生の頃卒論テーマとして『幼少期の環境がリーダーシップにどんな影響を与えるか?』を掲げました。
ゼミの教授の専門分野が教育病理でしたからね。

だから、凄く興味深い話だなぁと感じていました。

まあ、いろんな発見はあるものの、最初の
『人を幸せにするものは何か?』


壮大なテーマに対する答えは至ってシンプルです。

『幸せとは愛である』

80年近くの年月で予算は約20億を費やした研究の成果はなかなかに素晴らしいと私は思います。

また、幸せについてもう1つ面白い研究がありました。

幸せだと感じる年代について。

生まれてから幸せだと感じる感覚は基本緩やかに減少していき、40歳後半を目安にして、緩やかに上昇し人生において、最も幸せだと感じる年代は80歳代だそう。

10代や20代よりも、人生経験をしっかり積み、終焉に近づく頃になって、生きていること、シンプルな幸せに辿り着けるなんてなかなか素敵な研究ですね!


2017-04-04(Tue)

やりたいことをやる為に

私、ブルゾンちえみさんが最近のお気に入りです。
ネタが共感出来て面白いですよね。
これからが楽しみなので、一発屋で終わらないでほしいです。

大阪生まれ大阪育ちな私は吉本を見て育ちましたからもちろんお笑い大好きです。
そういえばノンスタイル井上さんが復帰されたと最近ニュースになってましたね。
凄く反省されたのが、ニュースの画面からも伝わってきました。
いろいろあったとは思いますが、頑張ってほしいなと思います。

でも、今好きな芸人さんは吉本じゃなくて、
U字工事さんですがw
ゴメンねゴメンね~がなんか凄く好き。
漫才のネタも栃木に思い入れがあるわけじゃないけど、何故かツボります。
独特のテンポが好きなのかもしれません。


さて、恋愛ネタで
その昔、とある先輩から
『女は追いかけるより、追いかけられる方が幸せになれるのよ!』
と、力説され、当時はどちらかと言うと好きになったら、好きっ!ってガンガンいくタイプの私はそうかなぁ、なんて考えてましたが、やはりそれなりに恋愛し年を重ねたら、先輩の言葉にすご~く共感します。
やはり、追いかけられる方が幸せなんじゃないかなと思います。

でも、まあ、若い頃はいろんな恋愛したら良いよね~若いんだから!って思いますヨ。

さて、恋愛は追いかけられる方が良いと思う私ですが、『仕事は追いかけられるより追いかけたい。』と、なんとなく、うまいこと言ってみますw
しかし、なんやかんやで追いかけられがち(; ̄ェ ̄)
好きな業務は基本的に、追いかけてるとは感じます

例えば私のスケジュールなどはかなり先まで予定が決まってますから、基本的には計画通りに移動し、人と会うのですが、鉄則で計画通りに行動してる範囲で言えば、判断をする無駄が無いので基本的には効率的に行動をしているわけです。
もともと予定を詰め込みすぎるきらいがあるのが難点ではありますが、最近では余裕を持ち計画も立てれるようになってきましたので、かなり楽にはなってます。(人がみたら、いやいや、スケジュール異常だからと言われはしますがね)

とりあえず、私が非常に計画に沿って行動しているのは間違いないです。
ただし、苦手な仕事はやはり計画していてもどうしても後回しになり、追いかけられる側にまわりがち(; ̄ェ ̄)ああ~って反省してばかりいます。
自分の弱さに負けない、強い意志を持ちたいものです。

と、言うか、早く自分がしなくても良くなりたいと言う本音。

昔に比べたら自分ですると言う仕事を減らしてきましたが、減らした隙間にやりたいことの予定をブッ込むわけで。
減らしては、新しく増やし、また合理化し、隙間を作り、新しい事を増やして増やしての繰り返し。デフラグかけてるみたいな感じ。

なんやかんやで、経営者は経営者の仕事をしなければ企業の発展はありませんし、新しい仕事を常に作り出すのが経営者じゃないか?と私は考えているので、常に頭の中は新しく何をするか?
で溢れていて、やりたいことが溢れ出して困っています。
一番の悩みは、そういう意味では人の時間は有限な事かもしれませんね。
しかも残量が不明なところも辛い話だね。

とある有名な先輩経営者さんが、
残された時間がわからないから、寝る時間ももったいない気がしてる。
とおっしゃってました。

実際、私より30歳くらいは上の方で、でもパワフルさはすごいの一言。
パワフルな生き方に憧れますね。

ところで、最近衝撃的な記事を読みました。

前々から思っていましたが、[運動量と寿命の関係性]の話です。

みなさん、ギネス最年長に登録されている亀が何歳くらい生きたか知ってる?

なんでも、リクガメで189歳
さらに、ギネスには載ってないけど、最長250年生きた亀がいるそうです。
(1750年頃~2006年)
現在もご存命な最長寿は184歳
カモメじゃなくw、カメのジョナサン、とにかくカメが長寿なのは間違いありません。

ちなみに、私、子供のころはカメ取り名人で、10匹くらい飼っていました。
(家の横が川でしたからね。)

カメがなぜ長生きなのか?

実は運動量が多い動物は短命らしいのです。
なぜかというと、運動すると乳酸が出ます。
酸は肉体を酸化させる。

と、いう事らしいのね。

カメはノンビリ、あんまり動かない。
他にも体に負担がかからない生態らしく、とにかくゆっくり。
結果長生き!
らしい。

つまり、あんまり、忙しく動き回ったり、過酷な運動を強いられたら早死にする。
まあ、当たり前なんだけど、実際無理に体に負荷をかけず、ゆっくりノンビリが長寿の秘訣、あとは成人病に気をつける。
みたいなイメージですね、、、。

全て逆をいっている私。

今年は体を大切にする一年にしたい、やりたいことをやるためにそういう一年にしたいなとおもいます。
2017-03-22(Wed)

ブレーンワールド理論について、宇宙は膜みたいなもんらしい。

みんな、今日は趣味全開な宇宙の話を書くよ
まあ、ぶっちゃけどうでも良い話なので興味がある人のみ読んでください的な自己満足投稿です。



まず最初に宇宙はデカすぎるから、宇宙の話はとりあえず一言でいうならカオス!

数値単位の話ををすると、宇宙の数だけでも、想像出来る単位を振り切れてる。

観測可能な銀河は2兆個、さらに一つずつの銀河にはザックリ1000億個の星があるらしい。

この時点ですでにわけがわからない。

わけがわからない話と言うのは楽しい。
中学、高校生くらいの頃わけがわからないなりに、日経サイエンスなんかを読んでときめいていた。
なんていうか、わけがわからないのがまた良い。

そんな宇宙の話で私が最近気になってるのが、『ブレーンワールド理論』この辺が世に出てからはもう30年〜40年くらいはたつ。

さらに歴史を紐解けば、ベースにある、高次元時空(5次元)の概念は20世紀初頭らしい。

ブレーンとは膜という意味だ。
要は、我々が存在してる宇宙は膜みたいな形をしている(もちろんそれなりの厚みはある)
という宇宙の形に関する理論になる。

宇宙の外側に何があるかわかんないけど、空間に漂う膜が一つの宇宙で、空間には無数に膜が存在してる。

CADのレイヤみたいな感じだろうか?

膜はシャワーカーテンみたいに波打っていて、銀河はシャワーカーテンにくっついてる水滴みたいなイメージらしい。
なお、シャワーカーテンみたい我々の宇宙は4次元(縦、横、高さ、時間)になる。

シャワーカーテンみたいな宇宙はもちろんレイヤのように無数に空間を漂っており、レイヤの移動は基本出来ないけど、唯一重力のみが影響しあうらしい。


なんとなく、このブレーンワールドの図解モデルをみていたら、ブラックホールは高重力の塊みたいなもんだと考えられているから、つまり、シャワーカーテンに空いた穴であるブラックホールに吸い込まれた水滴はどこに行くかといえば、違うシャワーカーテンに水滴が落ちる(水漏れ)みたいな感じで移動するイメージなのかもしれないな、と妙に納得してしまった。

今まで
『ブラックホールに吸い込まれたら、実際どうなるの?』

というのが不思議で仕方なかったのだけど、ブレーンワールド理論の図を見てたら、あれ?つまり、そういうこと?みたいに感じた。

もちろん、シロウトが勝手に感じただけだから根拠がある話ではありませんw。

そもそも、ブレーンワールド理論自体が立証された確定理論では無いので。
まあ、そんな話なら、現在の科学で立証されてる事にしたって、今の時点での科学の範囲での立証って話だから、本当かなど誰にもわからない。
特に宇宙においては殆どの事は想像の範囲の話でわからない事だらけだし、地球上の話だって未だに科学で解明出来ない事だらけなのだから、言い出したらきりが無い。


アンサイクロペディアにて、ブレーンワールドについて書かれていた内容が可笑しかった。

http://ja.uncyclopedia.info/wiki/%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89

下記抜粋w


あるオタクが言うには、「私たち人間が住んでいるこの世界は膜である。そして、高次元空間を漂う無数のパラレルワールドと我々の膜が衝突したその刹那、この世界は終わる。」とのこと。にわかに信じがたいことではあるが、こんなファンタジー溢れる妄想が現代物理の有力説である[2]。なお、ミクロな素粒子や光を含めたすべての物質はこのブレーンから抜け出すことができないとされているが、なぜか重力子だけは抜け出せるらしく、厨二病患者の代名詞とも言える特別扱いの風潮が見られる。

なかなか風刺がきいている
流石、アンサイクロペディアw

しかも、なんだかウィキよりわかりやすい。



ところで、このブレーンワールド理論を考えるときに、疑問に感じてる事がある。

それは宇宙膨張説についてだ。

宇宙は膨張していってるらしいってのが定説だ。いわゆるビッグバンの話なんだけど。

ブレーンワールド理論に当てはめた時、宇宙って膜なわけだよ。

膜はシャワーカーテンみたいに波打ってるみたいなんやけど、シャワーカーテンを極限まで四方から引っ張ったら、どっかのタイミングで破れないだろうか?

宇宙が膨張してる、してないの議論があるわけだけど、膨張してるというよりシャワーカーテンが伸び縮みしてるイメージなんじゃ無いか?って考えたら膨張じゃなくただ形が変わっていくだけで、実際のシャワーカーテンの大きさは変わらないなでは無いか?

という仮説がたてられると思うんだよ。

で、極限まで伸ばし破れた時に新たなビッグバンが生まれるんじゃないかって思うのね。

そもそもビッグバン、宇宙の起源なわけだけども、実際はさっきのシャワーカーテン思いっきり引っ張ったら破けて二枚に分かれたわくらいなシンプル構造なんじゃ無いかと想像する。

ではなんで引っ張られなきゃいけないんだ?

って大きな疑問も生まれるわけだけども。

世の中わからない事が溢れていて、だから想像するのは楽しい。

私は宇宙そのものが巨大な生命体だと思うので、わけわかない規模の宇宙の話も、人一人の心の中も等しく面白いし可能性に溢れていると感じてるのだ。
2017-03-19(Sun)

夢の話をまとめて記録として挙げておく タイトル「袋小路」

基本コピペ(一部文章を修正しました)

思いっきり怖かった夢の話を書くw


私はアニメや漫画が好きってのは知ってる人は非常に良く知ってる話しですが、そんなアニメ脳なせいか、変な夢をよく見る。

多分そういうアニメの世界観が夢にも反映されてしまうからじゃないかな?

と密かに思っていて。
映画みたいな夢や、これで小説書けちゃうんじゃないか、って夢をたまに見る。

先日みた夢を見が大変怖かった。
だからここからは、怖がりな方は読まないようにw
物語風に書いてみればこんな感じの夢だ。









タイトル「袋小路」

或る日の事、私は友人二人と知らない街で迷子になってしまった。

日も暮れてきて、あたりには人影らしきものもなく、立派な街なのにまるでゴーストタウンのように人通りもない。

次第に不安になる。
まるで出口の無い迷路にいるような気分になってくる。

気持ちを切り替えとにかく路地を進むと、大層立派な門構えの家にたどり着いた。

表札には『袋小路』と書かれており、私達は疲れ切り、その家のチャイムを押した。

すると、ドアが開き、品が良さそうな老婆が出てきた。

人に会えた安堵感を感じながら、道に迷って困っている、宿を探していると話せば、

『では、とりあえず今日は我が家に泊まってください。
でも、実はうちには孫娘がいるのですが、外に出ることができないのですよ。
出来れば、泊める代わりに孫娘の話し相手になってもらえませんか?』

今流行りの引きこもりだろうか?
そんな風に考えつつも

『話し相手くらいなら喜んでなりますよ。お世話になります!』

と家にあがった。

中も大層立派な日本家屋で、素晴らしい装飾品が並んでいる、
磨きあげられた長い廊下を進み、一番奥にある座敷へと通された。

障子の隙間からは立派な素晴らしい日本庭園がみえた。
私達は疲れ切った体を休めるため、勧められるままに荷物を降ろし座り込む。

『お茶でもお入れしましょう。』

と部屋をあとにした老婆を見おくり、

まるで高級旅館のようだね。

なんて寛ぎながら、再度庭に目をやると、なんだか奇妙な違和感を感じる。

しかし、何が原因なのかはハッキリとはわからない。

しばらくすると、老婆がお茶を持って戻ってきて、我々は熱いお茶に体の疲れが和らぐように感じた。

『そういえば、孫娘さんは、どちらに?
こんな広い立派な家で引きこもっているとは、さぞかし寂しいことでしょうね?』

と何とは無しに、話を振れば

『ええ、此の家には、私と孫娘の二人きりで本当に寂しくてねぇ。』

と言う。

事情はわからないが、こんなに立派な家でたった二人きりとは、、、引きこもりになった原因もそのあたりにあるのかも知れない。

気の毒に思いながら、とりとめもない世間話をする。

しかし、だんだんと妙な胸騒ぎがしてくる。何せ静かすぎるのだ。
話がひと段落したところで

『じゃあ、ゆっくりしてくださいな、お風呂が沸いたらお呼びしますから。
夕食は大したものはありませんが、ご用意いたしますね。
孫娘も同席させますので、是非話でも聞かせてやってください。』

老婆は丁寧にお辞儀をすると部屋を後にした。

老婆が去り、静けさがあたりを包み込む。なんとも言い難い居心地の悪さを感じつつ、私はせっかくなので手持ちぶさたもあり庭に降りてみることにした。

なんにしても、こんなに素晴らしい庭園にはなかなかお目にかかれない。

そんな気持ちと、先ほど感じた違和感を確かめるために。

障子を開けると、縁側があり、下駄に履き替えて、庭に降りる。

しっかりと手入れされた庭園には、夕陽が差し込み、また一段と美しく見えた。

ゆっくりと庭を歩き縁側から10mほど先には高めの垣根があり、向こう側は道路があるのだろうと近づく、そこで私は息をのんだ。

垣根の向こう側には真っ白な空間が広がるばかりでなにもないのだ。

いったいコレは何なのか?

私は部屋へと逃げ帰り、ガタガタ震えが止まらず連れの二人に、

『おかしい!この家はおかしいよ!』

と叫んだ。

友人の一人が

『やっぱりあなたもそう思う?実は、私も、、、。』

と、表情を曇らせた。

そうして、友人は無言のまま、私の背後にある床の間を指差した

私は恐る恐る振り返る。

そこには何もなかった、、、。

だけど、彼女が言いたい事は直ぐに理解できた。床の間の天井付近から視線を感じるのだ。

姿は無いのに、それは視線だと感じる。

なにもない空間からじっとこちらを凝視する視線。

私たちは得体の知れないものにどうやら観られているらしいのだ。

恐怖で声も出ない。

そうして、ふと頭をよぎるのは、何故かあの表札。

『袋小路』

あの老婆は、何といった?

『この家から外に出ることが出来ないのですよ。』

私たちはとんでもない家に入り込んでしまったのかも知れない。

静寂すぎる空間は恐怖を生む

これが例えば、人里離れた山奥の廃寺であり、何か俗世の煩悩を断つとかそういう事であったならば、受け入れられなくは無いかも知れない。

だけど実際、そんな場所であったとしても、この空間よりはずっと音がするだろう。

例えば木々が風に擦れる音や、鳥のさえずり、生き物の音だ。

しかし何も音がしない、本当にここは何も無い。

私たちを凝視しているあの視線にしても、到底生気が感じられない。

そもそも、私たちがそんな風に感じている事すら現実なのか?

それすらわからなくなりそうだった。

もし此処に一人であったならば気が狂ってもおかしくは無い。
でも幸いな事に私は一人では無いけれど。

互いに状況を打破できるような言葉を発することも出来ずにいたが、

『ねぇ、私、トイレに行きたいんだけど。どうしたらいいかな、、』

一人の友人が余りにも間が抜けた事を言い出して、私ともう一人の友人はおかしくなり笑い出した。

『そんな、笑う事無いじゃ無い!』

本人も恥ずかしそうではあるが、笑い出した。

ひとしきり笑ったあと

『まあ、トイレ行くしか無いよね、と、言うか、この変な家から出られるのか確かめるしか無いでしょ。』

私たちは顔を見合わせてうなづくと、玄関の方向に向かって歩き出すため部屋を出た。

なんの事は無い、真っ直ぐに続く廊下が玄関に向かって伸びている。

私たちは玄関から真っ直ぐ、一番奥の突き当たりの部屋に通された。
いくらこの屋敷が立派で大きくとも迷いようなど無い。

覚悟を決めて、歩き出す、玄関までの距離は100mくらいだろうか?

しかし、私たちは直ぐに異変に気がついた。

真っ直ぐなのに、歩いても歩いても玄関に着く気配がない。

たかが100m程を歩くのにこんなに時間がかかるわけはない。

やはり、、、、

『どうされましたか?』

突然背後から声をかけられる

『ヒッ!』

いつの間に?というかどこから?

『あ、あのトイレに行きたくて』

『トイレなら、こちらですよ。』

ついていくしかなかった。

部屋に戻る方向に方向転換すれば、ものの10mもしない距離の中ほどにはトイレが現れた。

今、歩いてきた距離が10mなわけはない。

部屋に戻ってみてわかった事は、想像通り、私たちはこの家から出ることが出来ないという事実。

屋敷自体がどう考えても常識では計れない空間であるという事くらいだ。

あの老婆すら、実在し生きた人間なのかすら怪しい。

床の間に目をむければ、

あれ?

『ねぇ、さっきまでの無くなってない?』

あの薄気味悪い視線が無くなっている。
私は友人達に声をかけた時に、気づきたくもない事実に気がついて卒倒しそうになった。

私達は、、確かに3人だった。

しかし今、部屋には4人いるのだ。
つまり、知らない人間?が一人混じっている。

だけど、誰が知らない人間なのか、すでにわからない。

私達はきっと今同じ事に気がついている。

だけど、誰かがそれを言い出せば、もう誰も信用出来なくなる。

私は必死に考えた、袋小路から出る方法を。

家を出る方法、、、。

あの垣根の向こうは真っ白で何も無かった。あそこに足を踏み入れたらどうなるのか想像も出来ない。

閉じられた空間から出るには?

私はツカツカと床の間に近づいた。
屋敷の突き当たりの部屋、その一番奥はこの床の間なのだ。

『どうするつもりなの?』

友人?の一人が私に声をかけた。
私は振り返る事なく言い放った。

『どうもこうも無いよ。
道が無いなら、無理やり作るしかないやん。』

思いっきり壁を蹴る。

床の間は土壁でパラパラと砂が落ちるけれどかまう事なく私は力いっぱい蹴りつづけた。

そうして、何度目かの蹴りのあと壁には人が通れる程の穴が開き

穴の向こう側に私は首を突っ込んだ。

此処よりはマシな筈だ。

そう思ったからだ。

だけど、踏み入ったその真っ暗な穴の中は

何処までも真っ暗な闇が拡がり、数え切れないくらいの案山子(かかし)が布団に寝かされていたのだ。

へのへのもへじ

白い布で作られた無数の案山子。

しかし、案山子は立つこともなく、静かに布団に寝かされるばかり。

……………

そうして振り返ると、明るい元いた座敷の中で3人の人間がお茶を飲んでいた。

つまり、そういう話だと気づく。
袋小路から出るには袋をひっくり返せば良かったのだ。

では私は今、袋の内側か外側かどちらにいるのだろうか?

チャララララ、チャララララ、チャララララ〜

世にも奇妙な物語でしたw

案山子が大量にあるとこまでは創作無しの夢。

………以降は、私が物語にするならと
付け加えたオチ(創作)になります。
プロフィール

usaginomirai

Author:usaginomirai
(株)IMDワークス&MDファクトリーHS(株)代表取締役 の川端です。中小企業の未来をサポートする、ものづくりの地域を越えた顔の見える連携をテーマに連携事業、教育事業をベースに活動中。

ニックネームは、日本全国神出鬼没なことから、ものづくりのくノ一

MDファクトリーHS(株)
MDネットショップ
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