2018-05-12(Sat)

過去はぶっちゃけどうでも良い

今日は思うことがたくさんな一日でした。
新人さんの採用面接、うちのような小さなプレス屋さんにきてくださってありがたい限りです。
まだ3年しか経っていない小さな我が社。
社長になって一年、いろんなことが劇的に変わりつつあり、自分でも考えてなかったことか゛沢山で自分でも、なんでこうなった!?
凄い!って思っています。
わたしは社長だけと、プレス屋なのにプレスは踏めないし、会社にはほとんどいないし。
普通と違う社長でみんなと毎日一緒にいる事は出来ないので、うちの組織の理想形はみんなが自分で考えて行動する自立型が求められます。
だけど、別に一人一人が特別高い能力を持って欲しいわけじゃなくて、まずは安全を第一に皆で協力しながら物事を進める組織である事、適材適所でみんなが自分の得意な事をみんなの為に頑張る事だと思っています。
分析すること以外に過去の事はどうでも良いと思っています。
過去は今から変えることは出来ないですから、悩んだり悔やんだりしても仕方ありません。
面接してるといろんな人がいて、最後は直感で決めます。
採用における最大の決めては、みんなと一緒に頑張ってくれるかどうかです。
組織は多様性があるほうが面白いので、年齢も性別も経験も関係ないです。
また、基本明るく前向きである事。
学ぶ気持ちがある事。
考え方がしっかりしていたら、適材適所はあるもののちゃんと仲間になれると思います。
だから、昔ワルだったとかw
失敗をしてしまったとか。
そんな事はちゃんと反省して前を向いていたらそれで良いと思います。
脛に傷がある人は真摯に物事に向き合える人であると信じてますので、ぜひうちであなたの隠してる才能をみんなの為に活かしてください。
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2018-05-09(Wed)

10を11にして 組織を成長させる方法

久々にコラムを書いてみます。
10を11にして返す
私の好きな、鋼の錬金術士の中でアルフォンスが放った名言の一つです。
錬金術は等価交換の話は以前書いたのですが、物語終盤、いろんな問題が解決し、お世話になった人たちへお礼まわりをするエドワードとアルフォンス、その中で、アルフォンスが
錬金術は等価交換だけど、それだけではなく、10もらったら11にして返す、そんな気持ちで生きていきたい。
ってな事を言うのですね。
プラス1にして返すという気持ちで人に接することが出来たら、そんな人が世の中にいっぱいいたら、それはステキな世界だな。
って私は思うわけです。
お互いが思いやりを持って生きていく。
価値と言うのはあやふやなもので、普通に等価交換しても、それは人の価値観によりかなり左右されるもの。
思い遣りとなれば、それはさらにわかりにくいものです。
自分が良かれとした事を相手はマイナスとして受け取る可能性もあります。
それでも、そう言う気持ちを持てるのは素晴らしいことだと思います。
私は社長をしておりますが、社長をする前、普通の管理職だった頃、良かれと思ってしたのに、部下だった子を傷つけてしまった事がありました。
そして、何故彼女が傷ついたのか結局聞けずに、彼女は会社を退職してしまいました。
私はそれをいたく後悔しましたが、真実は闇の中、今でもわからないままです。
もし、いつか彼女に会うことがあれば、聞いてみたいと思っていますが、後の祭りと言いますか、、、
何を言いたいのか?といえば、こんな事は普段も普通に起こっているのではないか?と言うことなんです。
我々は他人であり、相手に言わず、聞かずで理解して貰うのは不可能です。
しかし、距離が近くなれば成るほど、わかってくれると思い込んで理解してくれてなければ腹を立てたり、相手を攻めてしまいがちです。
ヒアリングをしていても、そんなことに出くわすことが多々あります。
ヒアリングで、もう何を考えているのかさっぱりわからない。こじれすぎて聞きたいけど怖くて聞けない。 何を言っても無駄。
だから、代わりに聞いてもらえませんか?と言う依頼を受けることがあります。
客観的な第三者として双方の話を聞き、さらに周囲の話も合わせて聞くと、お互いの関係性における意外な事実が発覚し、双方が想像すらしていないことが原因になっていたりするわけです。
最終的にに双方に相手はこのように感じていますよ、またまわりはこんな風に考えていますよ。
と事実をお伝えしますと、びっくりしながらも、目から鱗が落ちたような表情で泣き出す人がいたり安心して笑顔になったり。
そしてそこから相手に対しての接し方がかわり劇的に問題解決する様も見てきました。
最終的に私が言いたいことは、思っているだけでは相手には半分も伝わっていないと言う事です。 
圧倒的にコミュニケーションが足りていないのです。
組織を成長させる過程の一番最初は
質より量!
コミュニケーション回数を増やす事です。 
そのためには会議や、朝礼をしたり、挨拶をしたり、ランチタイムを定期的にとったり、レクリエーションをするなんでも構いません、とにかく共通の時間や共同作業を増やす事です。  
仕事が忙しく、出来るタイプの人にとっては一見すると、無駄に感じてしまう、つまり、そんな事?なわけです。
回数が増えてきて、みんなが発言する事に抵抗がなくなってきて、その次がようやく質なのです。
問題の深掘りをするために手法を検討して行きます。お互いにさらに本音で話し合っていくためのものです。
その次に来るのが、仕組みになります。
質を高めたあと標準化していくわけです。
いきなり質が高い話し合いができ、サクサクと問題が解決出来るレベルの高い組織になるわけではありません。
組織の成長を促すためには段階が必要なのです。
取り組みをしていただき、最初から高度な事をしても無意味とまではいいませんが、欠点ばかりに目につき出来る人は出来ない人を攻撃したり切り捨てたり、弱肉強食みたいな組織になってしまいます。
そんな組織に未来はありません。
相手が何を考えているかわからない。
理解してくれない、理解できないと嘆く暇があれば、まずは挨拶からでいいから相手を思い遣りコミュニケーションをとりましょう。
とある会社で、新任してきた管理職の方にこんなアドバイスをしました。  
『毎日仕事の中身がわからなくても良いから、現場を一回りしながら社員さんの顔を見て笑顔で挨拶してください。』
『そんな事で良いのですか?』
私のアドバイスにがっかり?と言うか多少の納得がいかないような表情でその方は答えながら、実践してくださいました。
それから一年、組織がみるみる代わり、みんなが気さくに相談して来るようになりました。
何故、こんなアドバイスをしたのかと言うと、事前にヒアリングした社員さんたちは、口を揃えて、我々はちゃんと見てもらえてない、評価されてないと言っていたからこそのアドバイスでした。
そんな事と思った事こそが大切な事で、そこが出来たから次のステップがあるのです。
2018-01-09(Tue)

眠れぬ夜に考える『ホモ・オプティマス』と『人間不平等起源論』

2016年にイアン・ピアソン博士により提唱された、ホモ・オプティマスなる概念を皆様はご存知でしょうか。
ブログでも何度かAIや、仮想現実について書いているわけですが、その根底にある概念みたいなイメージと捉えてください。
要は脳をデジタルな情報として保存し、死後もデジタル的には生きている状態です。
2050年頃には実現され、更に2070年には安価な技術になり一般的になるだろうと予測されています。現在40歳以下ならばこの技術により死後も生きていける?かもしれません。
さらに、トランスヒューマニズム(人間とロボットの融合、機械の体を手に入れる、まるでアニメのような世界)の進化により、所謂永遠の命を手に入れる事が結構本気で目の前に来てるらしいのです。
トランスヒューマニズムはすでに世界規模で協会なども設立されており、現在でも数百万人の支持者が存在しており徐々に一般的な概念になっていくでしょうし、所々の事情により四肢の不自由な方々にとってはそれらの技術の発展は素晴らしいものだと思います。
しかし人が機械の擬似生命を作り出したりコントロールするのが当たり前の世界になれば例えば神という概念はどうなるんでしょうか?
私は無神論者ではありません、しかし特別神を信仰しているわけではないのですが『人は魂を持っていて初めて生きていると言える』という命題を支持しています。
魂がなんなのか?はわかりませんが肉体と精神の関係性について考えるとき、魂という概念があるのが自然に思えるからです。
それを前提に考えたときにデジタルな世界に魂が存在しうるのか?と考えると違和感を感じてしまうのだと思います。
技術(文明)の進化に対して、ルソー先生みたいに『自然に帰れ』と世界の流れを揶揄しても仕方がない事ではありますが、この流れが新たな『人間不平等起源論』を生むであろう事は想像に難くありません。
私は今は43歳ですので間に合うのか?長生きすればギリギリ間に合うのかもしれませんね。
個人的には永遠の命など面倒であると私は思っているので、実際それが当たり前の世界になれば怖いなという気がしてなりません。
『人は必ず死ぬものである』
と、私が本当の意味で理解したのは21歳の時の事ですが、その時から今も頑張り続けていられるのは終わりがあると知っていればこそなのです。
始まりがあり、終わりがあるのが私には美しく正しい形に思えます。
永遠の命の代償にかけがえのない大切なものを人類は失うかもしれませんね。
2017-12-08(Fri)

深夜、閃きがおりてきた 3Sとは型を作る事だと私は思う。

今日は深夜に久々に閃きがおりてきた話を書きますよ。
深夜、というか、明け方?
先日3時くらいに目が覚め、私は急に閃きました。
寝ていて、夢の中でアイデアが浮かぶ瞬間ありますね。
あれです。
とにかく、ハッとして目覚め。
何を思ったかというと。
3Sとは型の一種である。
型を(ルール化)作るという事は中小企業でもお金をかけずに出来るブランディングである。
つまり、3Sとはブランディングの一種である。
という、理論です。
何を当たり前のことを書いてるんだ?と思われたかたもいるかと思いますが、3Sや5Sは改善の基礎活動だ。
と単純に考えるとそれ以上でも、それ以下でもないのですが、型を作るというのは、私にとって情報運用の師匠でもある榎田先生の、型=ブランディングというものについて理論展開をされている事を兼ねてより私は最もだ、素晴らしいと納得していたのですが、深夜目覚めた瞬間に、あれ?3Sもつまり型だよな?と回路みたいなものが、急につながってしまった!
と、言うのが正しい。
いま、私が書いている事は理解できない人には、全く理解不能な話かもしれません。
例えるならば、茶道みたいなものだと思ってくださると良いと思います。
茶道や華道は、流派が存在し、お茶を入れる所作、服装、道具など、様々な型によって構成されています。
実際、お茶を飲むという事実だけを考えたら、作法などどうでもよく、とにかく、お抹茶と適当なお椀やらがあれば事たります。
だけど重要なのはお茶を飲むという事より、型にそって一連の所作を行う事ではないかと思います。
そこには流派毎の理念みたいなものが凝縮されており、ブランド化されたものと言えます。
3Sや5S自体はただ単に改善と言ってしまえばそれまでですが、それなりの年月の中でブラッシュアップされて出来上がった効率的な職場を作り上げる為の型だ、と考えられるのです。
実際、それを磨きあげていち文化にまで昇華させたのはトヨタです。
トヨタが何故トヨタなのか?といえば、考え方そのものがトヨタを形作り信頼されるブランドへと押し上げたと言えます。
実際、トヨタで生まれた5Sの文化は、日本発の文化として、日本に留まらず世界へも飛び出して行きました。
一企業が作り上げた企業文化が世界に認められるまで成長したわけです。
仕事をするにあたり、5Sは別にやっても、やらなくても大差ない気がしがちです。
別に会社の整理、整頓ができていなくても、めちゃくちゃ汚い職場だろうと、物は作ろうと思えば作れます。
ただ作るだけなら設備と、作業する人、材料さえあれば、なんとかなるとも言えます。
しかし、そこには理念もなければ、高尚な文化もないわけです。
私はそれはとても寂しく感じます。
型と言うのは時に窮屈です。
しかし、磨きあげられた型にはやはり素晴らしい理念、文化が詰まっています。
だから、中小企業こそ、武器として3Sや5S活動を自社のブランディングの一環として取り入れるべき。
と、いうか、こんなに簡単にブランディング出来るのにしないのは勿体無いと私は感じるのです。
どんなふうに仕事と向き合っていくのかはもちろん自由です。
しかし、真のイノベーションは、基本を忠実に再現したあと、基礎概念を打ち破ることであるとすれば、基本を理解しないものに基礎概念を打ち破る事は出来ないと言えます。
創造と破壊は常に表裏一体。
型があって初めて、型の外側がわかるのだと思います。
2017-11-23(Thu)

突破力&優秀なクローザーへの近道は新喜劇かもしれない?

今日は突破力について書きたいとおもいます。
こないだの経営研究集会ではなかなか面白い出会いがたくさんありました。
そこで、語れなかったけど、絶対大事だよ!
って話を補足したいとおもいます。
最近営業マンだった頃の話をする機会があったりして、改めて私が営業マンだった頃、私自身のいわゆる自己分析があまり出来てなかったような気がしているのです。
今でこそ思う。
みたいな感じなのですが、、、、
私の最大の強みは製造業界で若い女性の管理職クラスの営業マンが極端に少ないので目立つ。
みたいな所だと勘違いしていた節があります。
しかし、東北にきだすと、最近も言われたのですが
グイグイくるよね!
さすが大阪人!
みたいに言われたりする事がちょくちょくあるわけです。
そういえば、東京にでて初めてコンサルのお客さんになってくれたIさんから言われた言葉が蘇ってきました。
川端さんの凄いところは、嫌味なくするっとグイグイくる所だよね
冷静に振り返れば、この言葉はものすごく的を得た発言だった気がしてます。
よく言い換えれば、突破力。
悪く言えば、図々しい。(@_@)
グイグイ行くには実はタイミングが命だと私は思うんですよ。
①軽く押して反応見る
⬇︎
②ちょっと引く
⬇︎
③相手がアレ?って思う
⬇︎
④反り返った反動と共に少し強めにグイグイする
⬇︎
⑤突破!
みたいな。
さじ加減を間違うと嫌味な感じになるわけです。
この①~⑤をまるで風に揺れる柳の如くしなければなりません。
このゆるゆるとしたさじ加減いきなりは育ちません。
大阪人みたいに、幼き頃から培われた、ボケとツッコミ英才教育は偉大です。
ちゃんとボケて、定番のボケにはタイミングよくツッコミを入れるのが一つのコミュニケーションスキルであり、そこが下手だと関西では、所謂、『面白ない、しょうもないヤツ』になってしまい、ビジネスの世界においても相手にして貰えないこともざらにあります。
また、オチがない話をすると、怒られます。
オチがらない場合はせめて最後に
『オチは無いんやけどな』くらいは言わねばなりません。
ちなみにそれに対する返しは
『なんでやねん、オチないんかーいっ』ビシッ(右手でツッコミ)としなあきまへん。
そして、笑いが起きるのが美しい終わり方なのです。
関西人以外からみたら理解不能な文化です。
あなたが関西人では無い場合、笑いが取れないとなれば、せめて感動をさせる含蓄のある話をする必要があります。
所謂『ええ話やな~』(涙)ですね。
ただこれは尊敬されたり、一目おいては貰えますが笑いを取るより難しいよね!(@_@)って私はおもいます。
強者になると両方を混ぜ込んできます。
そんなスピーチスキルが私も欲しいw!
まあ、それは努力あるのみ、ではありますが、幼き頃から鍛えられた間合いを取るスキルは営業マンになると開花し、めちゃくちゃ有利なスキルになったのです。
私は大阪人ランクでいうと、笑いを取るスキルはあまり高く無いですが、間合いを詰めるのだけは実は得意なんですね。
いけると思ったらグイグイ行くにはタイミング(間合い)をはかる必要があります。
つまり駆け引き。
野球に置き換えるとクローザー的な仕事。
これは営業マンになくてはならないスキルです。
これが出来ないと最終的に仕事が取れません。
だらだらするのが嫌、ピシッと丸く収めたい。
多少の理不尽は割り切って考える事が出来る。
そういう人はクローザーに向いてます。
そして最近気がつきましたが
会議での話がやたら長い、オチがない。
割り切って考えるのがニガテ。
みたいな人はクローザーには向いていません。
私生活で言えば、やたら正義感が強く融通がきかない。責任をとりたがらない、優柔不断、みたいな人ですね。
あと、個人的にだらだら梯子酒や深酒するようなタイプの人も私はニガテです。
決まった時間にちゃんと終わらない宴会などに行くと心底辟易してしまいます。
そういう人がクローザーとして、クロージングしようとするとグタグタになったり、相手を不快にさせます。
しかし世の中にはこのタイミングが悪く、相手を不快にさせまくるという人がいます。
そういう人はKYとか、間が悪いヤツとか言われることになります。
何が言いたいのかと言えば、間が悪い人とはビジネスをすべきじゃないという事です。
間が悪いとは面白くない以上に、実はまずい事なんですよ。
逆に言えば、タイミングの良さはけっして偶然や、ラッキーハプニングではないですよ。
全部行動が引きよせた結果である。
と私はおもいます。
プロフィール

usaginomirai

Author:usaginomirai
㈱IMDワークス&MDファクトリーHS㈱&MDプレス工業㈱代表取締役 の川端です。中小企業の未来をサポートする、ものづくりの地域を越えた顔の見える連携をテーマに連携事業、教育事業をベースに活動中。

ニックネームは、日本全国神出鬼没なことから、ものづくりのくノ一

MDファクトリーHS(株)
MDネットショップ
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