2015-09-07(Mon)

古代3大図書館に、思いを馳せる

週末は、なんだか雑務で終わってしまった私です。

ただいま
日曜日の夜23時過ぎの、自宅へ帰る車中です。


久しぶりに東京の自宅で週末をすごしたので、
なんやかんと買出ししたりが結構手間で疲れます。

普段の仕事であちこち飛び回るのは疲れないんですが、逆に
デスクワークが続いたり、都内がつづいたりと変化が少ないのが逆に耐えられないのでした
(^◇^;)


明日は都内で仕事なのですが、明後日はちょっと兵庫まで行って帰ってくる予定です。

そういうわけで、今日できるところまでやりきったたというわけです。

ところで、前回のブログが、過去ないくらい、シェアさせていました…。
なんなんでしょうね。よくわかりません。

狙って書くとさほど伸びないしなあw。



今日は本の話をしまーす。

というか、具体的には図書館の話かもしれません。

川端が、ものすごい読書好きなのは、このブログを読みに来ている方はもちろんご存知だと思うのですが、私は高校生のときは、本気で司書に憧れていました。

本に囲まれてのしごととはなんと素晴らしいのだろうかと想像するとワクワクしていたものです。

よって高校生のときは、通っていた学校が私立のお嬢様学校だったこともあり、巨大な図書館があって(確か、地下も含めて7階建くらい巨大な図書館でした。)蔵書数も大変な数でしたから
放課後はよく図書館で過ごしていました。

結果3年間、年間の貸し出し本数が常にトップでした。
ざっくり、3年で2000冊の記録をたてたのはこの頃のことです。

単純に、文庫なども含めてですが、1日2冊は読んでいた計算になりますね。

昔から本を読むのが早く、薄い文庫なら一時間程度で読んでしまいます。

よって、図書費がかさむかさむ(^◇^;)近くに図書館があるといいのですが、残念ながら東京の自宅のそばには無い。仙台の自宅からは自転車でいけそうな距離に大きな図書館があるようですが、まだ残念ながらいけていません。


ときどき思うのですが、この図書館というシステムは、本当に素晴らしいな。
としみじみと思うわけです。

なにせ、無料で知識の宝庫が解放されているわけですからね。


そもそも図書館っていつからあるのだろうか?
調べてみたら、一応見つかっている中での最古の図書館は、紀元前7世紀、だから今から2700年くらい前のメソポタミアの王家が所有したアッシュールバニパルの図書館、
なんだか舌を噛みそうな名前ですね。

実際は遺跡から発見されたのが1850年ごろなので、地中に埋もれていた、
この図書館が2000年以上の時を経て発見されるなんて、ロマンを感じずにはいられない。


そして古代の3大図書館とされるのが(wikiより)下記。
だいたい紀元前3世紀あたりのものとされているので、こちらも2000年以上前の話ということになりますね。

アレクサンドリア図書館・・・・エジプト※(図書館への放火により全ての蔵書が失われてしまう)
ペルガモン図書館(英語版)・・・・トルコのミシュア地方
ケルスス図書館(英語版)・・トルコのフェス遺跡


しかしながら、この頃の図書館は、印刷技術が無いので手書きで写本!
古代図書館にいたっては、粘土板や石板、紙は紙でも、パピルスなどの高価なもの。

本一冊が家が買えるくらいの値段で、特別な人しか見ることは出来ないものであったようですから、この誰でも無料で閲覧出来るというのが定着したのは印刷技術が発達してから。



ちなみに、日本の最古の図書館は色々と説があるようですが、
近代の形の図書館を外国から持ち帰ったのは、福沢諭吉先生であるというのは、間違いはないようです。


なので、結論として、今に生まれて本当に良かったなあと思うわけです。
自由に本を読むことができ、文章を書くこともできるし、電子図書などもある。


ただ、このブログもけど、データであるものが、例えば核戦争でも起きて
この国が滅び跡形もないくらいになったのちの例えば2000年後、遺跡から発掘されるということはあり得るだろうか…

紙にしても、ペラペラの紙に印刷された文字は後世にまで残るものなんだろうか?
と考えた時、腐食しない、石やら洞窟にかかれた壁画などは、ある意味素晴らしいな!

と思う。

そんな事を考えても、、、と思うかも知れないけれど、2000年前の人類だって、
さほど変わらないことを考えていたのではないかな?まさか自分たちの国が滅亡し
地中で2000年眠ることになることなど、誰も想像していなかったに違いない。


技術は必ず発達するのだから、どんなメディアでもきっと復元できる!
というのは我々の子孫が未来まで生き延びれた場合という事になる。


ほとんどの人類がなんらかの事情(例えば、一説では、いつ突入してもおかしくないといわれている氷河期とかね)で恐竜のようにほぼ絶滅してしまったとすると、この今ある文明というのは過去の遺物ということになる。

小説「氷菓」の名言
『全ては主観性を失って、歴史的遠近法の彼方で古典になっていく。』
であればいいのだが、

全人類が死に絶えた場合はこうだろう
『全ては種の途絶えとともに、地球の歴史の一部として埋もれていく。』


我々にとっては、2000年という時は凄まじく長いが、
彼(地球)にとっては、泡沫の夢のようなものかもしれませんね。
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プロフィール

usaginomirai

Author:usaginomirai
(株)IMDワークス&MDファクトリーHS(株)代表取締役 の川端です。中小企業の未来をサポートする、ものづくりの地域を越えた顔の見える連携をテーマに連携事業、教育事業をベースに活動中。

ニックネームは、日本全国神出鬼没なことから、ものづくりのくノ一

MDファクトリーHS(株)
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