2017-03-18(Sat)

オレオレ主義の人は『◯◯して』と言ってくる

オレオレ詐欺ならぬ、オレオレ主義について
今日は書こうと思うのです。

年間で軽く500人を超える社員さんとヒアリングをしたりしてる訳ですが、このオレオレ主義の人をたまに見かける。

何かにつけて、おれは、私はと主張してくるタイプの人である。

自己主張をするのとはニュアンスは少し違う。

と、いうか、自己主張はすべきだ。
(๑•̀ㅂ•́)و✧青年の主張なんかは、聞いてて清々しい。
中年の主張は、聞いててイライラする事が多いけどw

特に日本人は自己主張が下手くそで、さらに東北で仕事をしていると、自己主張どころか、生体反応が薄かったりして困るときがあるので、意見や思っている事をちゃんと相手に伝える努力は必要というか、重要だと思う。

だから、私が言いたいのは、そうでは無くて、やたらと自分の頑張りや功績をPRしてくるタイプの人を、オレオレ主義と密かにいっている。

3Sの3つの言わない約束の中に、

『人の事は言わない』

という約束がある。

この約束にもオレオレ主義の人々はガッツリ抵触してくる。

だいたい、彼らと話をすると

『俺はやってるんですけど、あいつらが、、、』

みたいな話になりがちで、何故人を責めるのがいけないのか?を理解しようとしない。
それどころか人によっては、人を弾糾出来ないなんて、あり得ない。
みたいな話まで出てくる。

目には目を、歯には歯を!

出来ないやつや、やらないやつには厳罰を与えるべきだ、不公平だ!
みたいな事を真剣に考えていたりもする。

法律の世界において、罪を問う場合
こういった考え方は至極まっとうな事である。

正しく無い行いに対して罰を与える

それが無ければ社会的秩序が保たれないから仕方が無い。

という話だ。
もちろん、それは正論だと私も思う。

しかし、人が人を裁くというのが本当に正しい行いなのかは非常にデリケートで難しい問題だ。

私は宗教家ではないけれど、キリスト教においては、『人は神に裁かれる』事になっている。

キリスト自身は、『汝の敵を愛せよ』とか『汝の隣人を愛せ』と言っていますから、人か人を裁くみたいな事は認めていないと思うのですが、いつしか人が神にとってかわり、裁きを与えるようになっていった、それは自分にとっての敵を排除する、政治的な背景が絡んでいるようにも思う。魔女狩り裁判や、ヒトラーのユダヤ人虐殺みたいなものはそれに該当すると私は思う。

また仏教においては、因果応報という言葉がある。

こちらは、なんというか、罪を犯せばそれは自然と自分に返ってくる。
良い事も悪い事も自分の行いによる結果であるというイメージ。

なんか、自分が犯した罪に怯えているといつしか、そうなるんじゃないか?というイメージが深層心理に刷り込まれて、無意識にそうなるような行動をしてしまうのかもしれない。

ここで宗教的な議論をするべきではないので、どちらが正しいとは言いにくい。

個人的には、極力人に対して怒りをあらわにしないように心がけているし、私の価値観の根底に、愛と許しを掲げているので、どちらかというと後者にあたらなくもないけれど、実際は罰を与えるべきとか、与えられるべきみたいな思想自体と、私が考える価値観は少し異なる。

それって考えようによっては冷たくもある。

相手に対して関心が薄いともいえるかも知れない。

本来ので許しは全てを受け入れる

という意味だと思うけど、流石にそこまで人間が出来ているわけではなくて、大抵の事は我慢出来る範囲だから、許す事になるからだ。謂わば許容力の問題になる。

しかしながら我慢は実際体に良くない。
ストレスが溜まる。

ある方から、川端さんは、マザーテレサの様に広い心なんですね。と褒められても、実際は違う。

マザーテレサが実際心の中でどう折り合いをつけていたかはわからないけれど。

人を許すとは愛とセットで無ければいけないのだ。

オレオレ主義の話に戻る。

はっきり言って、私はオレオレ主義の人が苦手だ。
まあ、そう言う人が好きと言う人は少ないとは思うけど。

受け入れた上でアドバイスするのが仕事なので、なんだけど。

結局、世界は一人一人を中心に回っている。
それぞれが意思を持ち生きている。
だから自分が一番かわいい。
それは当たり前で、自己犠牲は尊く映るけれど、自分がいなくなっては実際困った事になってしまう。


そういう事を踏まえた上で、アドバイスをしてる。

楽しい気持ち、幸せな気持ちは他人がいて初めて生まれる。

逆もまたしかり。

基本姿勢は、自分が人(みんなに)に対して何が出来るか?

で、ある方が良い。

人から何かして貰おう、と期待すればする程、自分の思い通りにならなければ怒りが湧く。

実際、自分以外の人が自分の期待通りの行動をすると思う方が間違っているのだ。

当たり前だけど、自分の思い通りにはならないし、自分が行動したからといって相手が同じ様に行動するという保証などないのだから。

その根底には、信頼という名のモラル(道徳)が存在する。

というか、あくまでもそれは信頼であるべだ。

パワーの強弱によるものであってはならない。

そういう関係性でしか効力を発揮しない約束や、ルールは実は危うい。

人の行動の源泉は、本来は単純なものだと私は思う。

相手が大事、好きだから、愛があるから、だから何かをしてあげたいし、喜ばせたい。

◯◯したい。(願望)

であり、◯◯して。(命令)

では無いのだ。

だから、人に願望を抱かせる力

ザックリ言えば『巻き込み力』であり、さらに言えば、共感を生む『伝える力』は特に重要なスキルなのだ

オレオレ主義の人はめちゃめちゃ伝えてくるw

しかし、そこに、『共感』が生まれるか?

相手の目線に立たなければ、共感は生まれない。

自分目線の要求を突きつける事は、共感を生む事の対極にある。

自分の事を言う前に、相手の気持ちを引き出す努力をする。

そういう気持ちでいれば大抵の人間関係は好転するのだ。

何かを言いたくなった時、まずは一呼吸おいて、『どうかした?』とか、『大丈夫?』、『うまくいってる?』みたいなシンプルで良いから、相手を慮れる言葉を発することが出来る心の余裕を持ちたいと私は思うのだ。








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usaginomirai

Author:usaginomirai
(株)IMDワークス&MDファクトリーHS(株)代表取締役 の川端です。中小企業の未来をサポートする、ものづくりの地域を越えた顔の見える連携をテーマに連携事業、教育事業をベースに活動中。

ニックネームは、日本全国神出鬼没なことから、ものづくりのくノ一

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